日本人の文字生活と書道

 

桑原 江南

 

1.漢字は表意文字である

 

文字は意志を伝える道具であるが、 東洋においては単にことばを書きあらわす記号として文字があるのではない。 おのれの心を直接人に伝える仲立ちとして文字がある。 文字を見て発音に換え、その上で意味を了解するという経路を辿るのでなく、 文字を見ただけで意味を解することができるので、 発音してことばに翻訳することを要しない。

「山」 (mountain) という字は、山このように山を象った形から生まれ「yama」と発音するまでもなく、 見ただけで意味が判る。 発音を示す文字ではないから、「富士の山」 (yama) 「富士山」(san) 「比叡山」(zan) 「須弥山」 (sen) 「霊山 りょうぜん」 (zen) などと発音が異なっても、 「山」の字が用いられる。

一つの文字は一つの語なのである。 だから文字の数はたいへん多い。 現在日本で一般に通用している漢字の数は約 3,000字。 小学校では約 900字を学ぶことになっている。

このように多くの文字を読み書きする 日本人の生活はずい分面倒なことだろう、 これを習得する学童の学力は大変だろうと思うだろうが、 さほどのことはない。 何となれば、 文字そのものがことばなのだから。そして、 漢字は 「読む文字」ではなく 「見れば判る文字」なのだから。

 
2.判る文字

 

「見れば判る」とは、 他と自分との心が通うからである。 「読む」は科学的な交流であるが、 「判る」は芸術的な交流である。

日本人の文字生活は 科学的文字生活と芸術的な文学生活とが半々に共存しているのである。 その芸術的な文字生活を高めて、 純粋芸術にまで及んだものが 「書道」 である。

だから書道の芸術は、 日本人の誰もが学び、そしてそれを楽しみ、 教養の第一としてい る。

 

3. 漢字の五体

 

日本人は、 ことばの数ほどたくさんの漢字を用いるばかりでなく、 ひとつの文字について もいろいろの形がある。 一般には点画(文字を構成する長短や方向の異なった線) (tenkaku) を省かずにきちんと 書く 「楷書」(kai-sho)と、 点画を略して速く書く「行書」 (gyou-sho) の二通りが用いられるが、 特別鄭重に美しくて書く場合には、 昔の字体の 「篆書」 (ten-sho) や 「隷書」 (rei-sho) が 用いられることがある。 また、 速く書くためには、 極度に点画が省かれた 「草書」 (sou-sho) が用いられる。

「篆書」 「隷書」 「草書」は、 専門の学者や書家 (書道芸術家) が用いるだけで、 一般の間では書かれないが、 ある程度にはそれが何を示している文字かは判るのである。

たとえ何という字か判らなくとも、 その趣だけは判るのである。 そしてその文字美を生活の一部として楽しむことが できるのである。

 

4. 書体とはどのようなものか

 

大道 これは基礎形である。 何の動きも変化もない骨格だけの生命のない字である。

 

大道 (1) これを書くとこのようになる。 書くという動作が、 自然の理によって点画に変化が 生じ、 端正な姿の中に生命が息吹き、 いきいきときびしい表情が生まれる。 ていねいにきちんと書くときの体で、 「楷書」 (kai-sho) と呼ぶ。 学校教育ではこの体を教えている。

大道 (2) 実際に書くときは、サッサと筆を運ぶので、この程度に崩れるのは当然の結果である。

けれども、 基礎形を外れたものではない。 文字の大小もひとしくはない。 この体を「行書」 (gyou-sho) と呼ぶ。

大道 (3) サッサと淀みなく書きながら、 図案的に華やかに美しく書いた体である。 図案文字と違う点は、 書くという動作による動きの美しさが主軸となっていることである。 生き生きとした生命がなければならない。 この体が 「隷書」 (rei-sho) であ る。

大道 (4) Aは 基礎形から全く離れるので 一般には判らない体であろう。 文字が創められた当初の体で、 「古文」 (kobun) と呼ばれる体である。 それがだんだん変化して、 1,000年 くらい後に Bのように書かれるようになった。 「小篆」 (shou-ten) と呼ばれる体である。
この程度の文字は、 一般にも推量できる形であろう。 この書体を総じて 「篆書」 (ten-sho) と呼ぶ。 現在でも、 看板・標題・碑・印章などに使用され、 書家はその趣深い姿態を愛して芸術表現に用いることが多い。

 

大道   (5) これも基礎形から外れるが、 教養のある人の間では、 一般人も使用する。 速書に便利なばかりでなく、 姿に変化が豊かであり、 筆の動きが自由奔放に活躍できるので、 書芸術にふさわしい。 特別に学習して正しい省略法を知り、 書法にも練れた技術が必要である。 明治 (今から約100年以前)の頃までの日本人は一般人も日常の書写に用いていた。 この体を 「草書」 (sou-sho) と呼ぷ。

以上(1)から(5)までを漢字の 「五体」 (go-tai) と呼ぶ。

 

5. かな書道

 

現在日本では、 漢字 (kanji) とかな (kana) を混えて文を書いている。 漢字は中国大陸から輸入した文字であり、かなは日本で創始した文字である。 漢字は表意文字であるが、かなは音標文字である。

名詞・動詞・副詞・形容詞など、 主要な語は漢字を用い、 助詞・助動詞・接続詞・感嘆詞などは多くかなを用いる。

漢字は一文字ごとに意味があるが、 かなは数文字連ねなければ一語をなさない。

このように異質の文字を併用する現代文は、 書芸術の表現に必ずしも適切ということはできない。 異質文字を同時に扱った書芸術の表現について研究は進められているが、 やはり漢字は漢字ばかり、 かなはかなばかりを扱った方が統一があり、書芸術の表現としてふさわしい。

かなは音標文字であるが、 発音記号ではない。 単に音を示道具ではなく、心を美しく伝える芸術性を主軸に発達したのは、 漢字の成長の過程と同じである。 それは文字生活は、 文字芸術の生活であると考えた中古の 日本人の信条がかな書道を産ましめたのであった。

文字の芸術は、 その姿の調和を保った変化と、 理に会した豊かな動きとが決定する。

かな

一語を表わすのに数文字を連ねねばならないかな文字は、 必然的に数文字連続して書かれねばならない。 書における動きの美しさは、 かな文字においては、 流れの美しさにまで発展した。 淀みなき流れが紙面に働き、 調律に乗って展関するその姿の調和よろしき変化、 それがかな書道独特の書芸術を確立した。

かな文字は、 発音記号の道具でなく、 芸術表現の資料であるから、 同じ音を示す文字に形の異った数多くの文字が用意され、 書表現に当っては、 変化と調和に応じて、 前後左右の形態の応じ方や、 筆を運ぶ動きの自然の理に即応して、 最もふさわしい文字を選び用いることができるのである。

 

 

1
① これでは文字をおきならべただけである。

 

2
② たとえ連続しても、同じような形が重複しておもしろみがない。

 

 

① これでは文字をおきならべただけである。

 

 

 

② たとえ連続しても、同じような形が重複しておもしろみがない。

 

 

3
③ こう書けば、同じような文字の重複が目立たなくなる。
しかし、まだ方向の変化が十分とは見られない。

 

4
④ このように文字を選び用いると、一貫して淀みなき姿で表現でき、同じ形の重複も避けられる。

 

③ こう書けば、同じような文字の重複が目立たなくなる。
しかし、まだ方向の変化が十分とは見られない。

 

 

 

④ このように文字を選び用いると、一貫して淀みなき姿で表現でき、同じ形の重複も避けられる。

 

 

 

 この四つを比較して、かな書道のあり方を看取されたい。

 

6. 「書道」はいかなる芸術か

 

書道は、文字を素材として表現する線芸術である。

文字とはいえ、 世界の各国々の持つ文字のどれでもということはできない。 記号化された文字は書道として扱いにくい。 芸術表現に適応するように発達した漢字およびかなが最も適切な材料である。

文字であるから、 当然ことばの内容にも関連する。 芸術品として鑑賞される文字は、同時に鑑賞に値する語句でありたい。 哲学的な語、 文学的な語、 教育的な語、 詩、 格言等。 そして、 その語の意味する内容と文字形態とが、 あまりちぐはぐにかけ離れてはならない。 美しい詩ならなごやかな文字表現を、 力強いことばなら豪快な文字表現を。

書作品は、 平面的な造形芸術だと見られがちであるが、 これは正しくない。

紙面へ構成された結果だけを見ると空間的な造形であるが、 前にも幾度か述べたように書くという動作、 時間的な動きが書の芸術を決定する。 だから、 絵画的な構成と、 音楽的な流動と、 二つの主要な要素を持つのである。 初めに筆が紙に触れた時から、 最後に書き終わるまで、 一連の筆の動き、 それが紙面に目盛りとして残された蹟が書作品である。

文字を書く筆の動きは立体動である。 毛筆という柔かい鋒 (けさき) は立体的な運動を如実に記録することができる。 筆を沈めたり浮かしたりしながら、 変化豊かな線、 それは立体的な圧力の加え加減による表現なのである。 その立体的な動きの一断面が紙面に残された筆蹟であるから、 その筆蹟は平面ではなくして実は立体の 映像なの である。

このように解剖して考えると、 書芸術は絵画と大分違うものであることが理解されよう。 速度と圧力とが、 書線を性格づける二つの 重要な要素であり、 これがからみ合って働いて無限の 変化が生まれるのである。

 

 

7. 書作品における「美」の要素

 

 

1. 構  成 1.一文字、一文字の形
2.点画の方向や太さ・厚さ
3.多くの文字の調和
4.全体の構成、文字の配置
5.余白のとり方
6.紙の大きさや形に応じた文字構成

 

2.点    画   1.線の質(重い軽い・強い弱い・深い浅い)
2.線の形(太い細い・長い短い・直線曲線)
3.点画の位置・方向・大小

 

3.筆の動き   1.筆 速 (緩急)
2.筆 圧 (抑揚)
3.律 動    (筆節、気息の長短)
4.順 逆

 

4.墨  色  1.漉 淡
2.潤 渇
3.集 散

 

5.余   白  1.布 置(紙へのはまり)
2.章 法(余白のおき方)
3.紙の形や大きさに応じた表現
4.紙質・紙の色・地模様などを考え合わせた表現

 

 

8. おわりに

 

書道は 書きあげられた結果だけで その美の価値を定めることはできない。 書くおりの態度、 筆の動き方や時間の流れ、 それを作品を通して観察するのである。 美しい書とは、 美しい動きのある書、 そして正しい姿を崩さず足を踏み外さない表現である。

単なる技法の芸術でなく、 心の芸術であるといえよう。

 

  平成10年度現在は、常用漢字1,945字。 小学校では996字。

 

日本人の文字生活と書道
昭和46年8月15日   初版発行
平成11年2月19日  第2版発行
編集    日本教育書道連盟
発行    株式会社  教育書道出版協会
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印刷  大日本印刷株式会社

  
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